佐田岬灯台は、愛媛県西宇和郡伊方町に位置し、四国最西端に突き出た佐田岬半島の先端に建つ灯台です。この灯台は、九州の佐賀関半島先端にある関埼と向かい合い、豊後水道の最も狭い部分である豊予海峡を照らし続けています。また、佐田岬灯台は四国八十八景の52番に選ばれており、美しい風景を楽しむことができます。
佐田岬灯台は光達距離約35kmを誇り、対岸の佐賀関までの距離(約14km)を十分に照らすことができます。1966年にはレーマーク・ビーコンが併設され、豊後水道と伊予灘(瀬戸内海)の間を行き交う船舶の安全航行に貢献しています。この灯台は無人化されており、内部の一般公開は行われていませんが、駐車場からはアップダウンのある遊歩道を約25分歩いて到達できます。道中には「佐田岬キャンプ場」もあり、自然を満喫しながら灯台を目指すことができます。
佐田岬の南沖合い約650mの地点には、岩礁である「黄金碆(おうごんばえ)」があり、潮流が速いため座礁事故が絶えませんでした。これを防ぐために、1950年9月に灯柱が設置されましたが、保守作業が非常に困難であったため、1976年に佐田岬灯台から黄金碆を照射する方式に変更されました。このように、佐田岬灯台は周辺の海域の安全を守る重要な役割を果たしています。
佐田岬灯台の歴史は1918年(大正7年)4月1日に始まります。この日、対岸の関埼灯台からレンズと灯器類を移設し、初めて点灯しました。その後、1923年(大正12年)3月30日に光源を750Wの電球に変更し、1966年(昭和41年)5月1日には無線方位信号所を設置しました。また、1976年(昭和51年)3月31日には黄金碆照射灯が初めて点灯され、1993年(平成5年)4月1日には無人化されました。さらに、1998年(平成10年)3月20日には光源を1,000Wの白熱電球から250Wの放電灯に変更し、2017年(平成29年)6月28日には国の登録有形文化財に指定されました。
灯台敷地の西側には、四国最西端を示す「四国最西端の碑」が設置されています。2017年4月、伊方町により灯台のさらに西側に位置する大島(御籠(みかご)島)までの遊歩道が整備されました。灯台から約200mほどの遊歩道を西に進んだ場所には、「四国最西島御籠島」と書かれた案内板が設置されており、訪れる人々を歓迎しています。
佐田岬灯台周辺には、かつて旧日本陸軍が設置した合計12門の砲台跡が残されています。これらの砲台は、1924年から1945年にかけて、豊予要塞の一部として設置され、豊後水道の防衛に重要な役割を果たしていました。佐田岬砲台は一度、昭和19年に廃止されましたが、終戦間際には本土決戦に備えて再整備されました。現在では観光用に整備され、灯台直前の階段を右に逸れて灯台先の御籠島に渡ると、灯台直下の砲台や大島の砲台を見ることができます。また、「永遠(とわ)の灯」と呼ばれる灯台を東側から望むモニュメントも設置されており、訪れる人々に歴史の重みを感じさせます。
佐田岬灯台へは、松山自動車道の大洲インターチェンジから国道197号線および愛媛県道256号佐田岬三崎線を経由し、八幡浜・伊方町三崎方面へ進みます。佐田岬灯台駐車場まで約1時間30分かかり、駐車場から灯台までは徒歩で約20分です。
伊方町三崎まではJR予讃線八幡浜駅から伊予鉄南予バスで約1時間15分、または伊予鉄道松山市駅から伊予鉄バスで約2時間45分かかります。また、佐賀関港から三崎港まで国道九四フェリーで約1時間10分の距離です。しかし、佐田岬灯台駐車場までの公共交通機関はなく、三崎港からはタクシーを利用する必要があります。三崎港から佐田岬灯台駐車場まではタクシーで約30分、そこから灯台までは遊歩道を徒歩約25分です。
佐田岬灯台の周辺には美しい自然が広がっており、佐田岬キャンプ場や佐田岬第3砲台など見どころが多くあります。また、佐田岬灯台から見渡す豊予海峡の美しい風景は、訪れる人々の心を癒してくれます。豊後水道の急流と海の広がりが作り出す景観は、まさに絶景と言えるでしょう。
佐田岬灯台は、歴史的価値のある灯台であり、四国最西端の地として多くの観光客が訪れています。周囲には豊かな自然と歴史的遺産が点在し、訪れる人々を魅了します。ぜひ、佐田岬灯台を訪れて、その美しい風景と歴史の息吹を感じてみてください。